こんにちは。

石担当の由起です。

今日もご訪問ありがとうございます。


今日で大震災から14日目です。

ライフラインが復旧せず、灯油もガソリンも食料も手に入らない日々でしたが

ようやく光が見えてきました。

水道は今日、復旧しました。

あと1カ月以上かかるといわれていたガスも予定より随分早まりそうです。

食料は少し並ぶと買えるようになりました。(当初は5時間位かかりました)

ガソリンはまだ7,8時間かかるようですが3,4日中にだいぶ落ち着くようです。


毎日、自転車で給水所に行っていたら足が鍛えられたような気がします。

並ぶのが大嫌いな私でも毎日おとなしく並んでいたら忍耐力も少しつきました。

(行列ができるようなおいしいお店でも絶対に並ばない私です)

食事は炭水化物ばかり(生鮮が手に入らない)でしたので

久しぶりに食べたハンバーグがこの上なく贅沢に感じられました。
ラブハンバーグ


私が不自由な生活をそれほど苦に思わなかったのはどうしてでしょう。

それは友人がここ数年間、私にキャンプ生活を教えてくれていたからです。

もともとアウトドアが苦手な私ですが、その友達は本物のアウトドア派。

遊びのお誘いはいつもキャンプです。

友人は私が高いお金をだしておいしいものを食べに行ったり

美容や洋服、アクセサリーなどに気をとられているのがとても不思議らしく

「そんなことより生活力を身につけなさい」と言いたげでした。

彼女は例え、無人島に一人でいても生きていけそうな人です。

私は日頃から「災害が起きたらあなたは一番先に倒れるから」と言われてきました。

そんな私を鍛えようとしたのかまとまった休みの度、海に山に私を連れ出し

自然の中でシンプルに過ごすこつを教えてくれました。

お皿洗いや洗濯などの最小限の水の使い方。

電気がなくても土鍋でご飯を炊く方法。
023玄米

防寒のこつ、など。

全て、今回の震災に役にたちました。

せっせと私に教えてくれていたのはこの時の為だったみたいに。


地震の後、彼女に会い「水も食べ物も手に入らなくて生活は大丈夫か」と聞かれました。

ライフラインが全てストップしてしまい皆があたふたしていた時です。

その頃は家の車にまだガソリンが入っていたので山形に食料を買いだしにいき

ついでに温泉に入ってきたことを伝えました。

(髪の毛が一人だけさらさらしていたのでだまっているわけにはいかなかった)

すると「なにをっ~!みんなが苦しんでいるときに~!!!」

「ひぃ~!ごめんなさい!!」

お蕎麦まで食べてきたことなど絶対に言えませんでした。

「水は!?」「全然用意していなかった」

「ありえない。で、どうしたの?」「陽子がくれたの。」

「なにをっ~!!のんきな…。あなたを荒浜にでも連れていって一人だけ置いてくる!

 現状を見てきなさい!」

そんなに怒らないで。

家族を亡くした人達の悲しみに比べたらライフラインなんてどうってことないでしょう…

とは言えませんでした。

皆が深刻になって大変なときに、私だけあせっていないのが信じられない様子だったからです。


私はこうやって彼女が教えてくれたキャンプ生活とのんきな性格のおかげで

不自由な生活を何とか乗り切れました。

あと少しできっと普通の生活にもどると思います。


地震後、何日間かは電気も携帯も通じなかった為、

情報が入ってこなくて津波の恐ろしさをまだわかっておらず

知り合いの安否を確認するなどとは夢にも思いませんでした。

のんきな私があせりはじめたのは電気が通じ始めた数日後のことです。



                        

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